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02月 08日 2018

発達障害 - 岩波明 著

 以前に読んだ中野信子著「サイコパス」も文春新書だったが、本書「発達障害」などのタイトルは、店頭で見かけるとどうも通過できない。手に取るううちに、そのまますっとレジに向かってしまう。もしや、わたしも本書内で言われるような「自分も発達障害かもしれない症候群」(自分の「空気の読めない」ところに病名などの原因を求めたがる人々)のひとりなのかもしれないと、苦笑してしまう。
 著者は医学博士であり、専門は精神医学である。いわゆる学者(教える立場)という立場からのみならず、臨床研究の現場に根ざした観察眼で、一般人にもわかりやすい言葉を使って発達障害を語っているのが本書だ。



 まずは章を分けてASD(自閉症スペクトラム障害)、ADHD(注意欠如多動性障害)、両者の共通点と相違点を説き、さらに映像記憶、共感覚、学習障害や、いわゆる「天才」の解説へとつづく。後半から終盤に近づくにつれ、社会を騒がせた近年の未成年犯罪とそれを語る際に安易に用いられた「アスペルガー症候群」という言葉、さらに発達障害と犯罪の事例、発達障害を社会受け入れていくため現状で実践されているケア紹介、発達障害とどう向き合っていくかの今後の方向性をつづっていく。

 とても読みやすい構成だ。急いで読むと、ところどころ障害の名前(略語)などで頭が混乱しそうになるが、かたい話のあいまには近代のよく知られた有名人の生い立ちや人物像(現在もし生きていたら障害に分類されていたのでは)といった、やや軽い文章がつづられ、メリハリが利いている。

 P.116からの「シネステジア」(共感覚)の章を、とても面白く読んだ。外部からの刺激に対して通常の感覚だけでなく、異なる種類の感覚も同時に生じる現象」という定義がなされているそうだが、本書によれば「文字に色を感じる」、「音に色を感じる」、「形に味を感じる」といった、子供のころに多少は経験した人もいるのではないかと思われるような現象だ。少なくともわたしは理解ができる。
 子供時代ならともかく、大人になってからこれを語ってはおかしい人と思われてはいけないからと、口に出さずにいる人もいるのかもしれないと、そんなことに思いをはせた。


 

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mikimarulogも、よろしくお願いします。

11月 17日 2017

ジョブズの料理人 - 日経BP社出版局(編集) (著) / ‎ 佐久間俊雄(取材協力)

Author: mikimarche Category: 5. エッセイ

 序文と前半のごく一部を読んだまま、忘れて積んでいた。何年くらい経ったのか、昨日ちょっとした積み替え作業のとき上のほうに出てきたのでパラパラとめくるうち、半日で読み終えてしまった。題材も興味深く、内容もまたつまらない本ではないのだが、なぜこんなに時間がかかったのか。

 おそらく、インタビューに基づいた記事をご本人の語りかけ口調で再構成した文体が、わたしの好みに合わなかったのだろう。その構成は冒頭で断り書きがなされていたが、どうしてもところどころで、ご本人と錯覚しそうになっては踏みとどまることがあった。



 アップル創業者のスティーブ・ジョブズが懇意にしていたすし職人、佐久間氏へのインタビュー記事である。奇しくも氏にとって大きな節目であるはずだった2011年春に日本で東日本大震災が起こり、おそらくはそういった状況の変化が遠因になったのだろうが、氏が予定していた新たな計画が実現を目前にしながら終了してしまった。そのころ、病と闘っていたスティーブ・ジョブズが、氏を案じて温かい申し出をしてくれたという。
 その話が実現されることはなかったが、ジョブズが亡くなってほんの二日後に、彼が足繁く通った佐久間氏の店もまた、閉店の日を迎えた。

 インタビューはその後まもなく、絶妙なタイミングでおこなわれたものだった。発表されて反響を呼んだのち、細部を掘り起こして書籍化となったようである。

 シリコンバレーの黎明期にスタンフォード大に近い場所で店を開いた佐久間氏の店は、インターネット関連企業のバブルに乗って安定した客足を得ることができたが、有名人だからと特別扱いすることもなく客は客として接した氏の人柄がかえって功を奏したか、IT企業ほかさまざまな分野での人脈にも恵まれた。円高で日本からの仕入れに苦労し、質のよくないものを無理に使って通常の味が出せないならばとメニューを工夫や削減しながらも、実直に店を守りつづけた。

 ジョブズの人物像やIT産業の話として、ファンも面白く読めるかと思うが、日本の食文化の海外進出の話として読んでも、楽しめると感じた。

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07月 13日 2017

まるまるの毬(いが) - 西條奈加

 将軍家に仕えた旗本の家を自らの意志で出て町人となり、若くして諸国を修行した菓子職人の治兵衛。苦楽をともにした妻は旅の途上で病に倒れたが、残された娘とともに江戸へもどり、諸国の菓子を庶民にも手の届く価格で提供する「南星屋」をはじめた。



 菓子作りから店のこと、そして諸国の菓子の資料までそらんじているしっかり者の娘と、客さばきに長けた孫娘の三人で切り盛りする店をそっと見守るのは、治兵衛と同じく旗本の家を出て身分の高い僧となった弟の五郎。

 珍しすぎる菓子を商ったばかりに九州の大名から門外不出の菓子製法を盗んだと疑われた「カスドース」の回にはじまり、娘のお栄とかつての亭主との再会、孫娘お君の恋心を描きながら、治兵衛と五郎の実家である旗本家の現状やさまざまな人間模様が描かれる。

 心をこめた菓子の描写でなごんだ気分になりながらも、世によくある人のねたみや、ちょっとした思惑のために、治兵衛ら登場人物の幸せにひびがはいる。大切にしていたものが崩れて、何人もが涙を流したとき、やがて雪解けのように明るい日の光が見えて、話が終わる。

 店の主である治兵衛の境遇がやや特殊すぎないだろうかという思いもあったが、そもそもそれがなければ成り立たない話であり、仕方のないことだったかもしれない。

 まったく存じ上げない作家さんであり、先月の急な土砂降りで雨宿りのためはいった書店で見かけたというだけの文庫本ではあったが、よいものを読ませてもらった。こんな巡り合わせに、感謝している。

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05月 01日 2017

子供の死を祈る親たち - 押川剛

Author: mikimarche Category: 7. その他

 以前から、社会的弱者や、知能の低い(あるいは精神的な病)の人が適切なケアを受けられないまま犯罪に手を染め、あるいは刑務所を一生の居場所とするかのように犯罪を繰り返す話など、社会福祉に関連する深すぎる闇について、いくつかの本を読んできた。そして自分の身近で見聞きしてきた知人家庭の話なども重ね合わせ、いったい自分に何ができるのかと、考えてきた。

 手もとの控えによると読んだのは5年以上前のようだが——(注: ブログに掲載したのは読んだ日ではなく再掲日)精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本 / 著者: 大熊 一夫という本にめぐり逢い、あまりにも精神病院に頼りすぎるのはよくない、拘禁が長引けば人はより悪化してしまう場合もあるという意見にそのときは傾いたが、今日こうして本書「子供の死を祈る親たち」に出会って、何が何でも早期退院というのはよくない、周囲や社会の受け入れ体制が整ったかどうかで大きく状況は異なると、意見を新たにした。まして現在の「早期退院」は医療費の削減といった経済の面から大きく提言されている方針であるのは、言うまでもない事実であり、社会の現状に即していないのだから、不安も大きい。



 さて、本書では、まず全体の6割程度を割いて、衝撃的な事例を紹介する。たとえば家に閉じこもり、最初はわがままを言って家族を困らせる程度であった者(多くは息子や娘)が、精神的に家族の支配をはじめ、疲れ切って逆らえなくなってきたころに肉体的暴力や経済的な仕打ち(通帳や財産を取り上げたり、実質的に家から閉め出して自分だけのゴミ屋敷にしてしまう)で身動きをとれなくする。家族は感覚が麻痺してしまい、いまさら人に助けてもらえるという発想がなく、カネをかき集めてでも言うなりになってしまうことが多い。最後には本人または家族が刑事事件を起こして事態が明るみに出るか、あるいは家族が意を決して著者のような会社に相談をすることで、病院等の適切な施設へ本人を送り届けることになる。
 ゴミ屋敷に糞尿を垂れ流す者。自分の家族が管理するマンションで片っ端から住人に嫌がらせ(本人は病気のため住人が怪しいと思ってしまい監視)をする者。せっかく入院をさせても病気の認識がないため出てきて家族をさらに困らせる者。目を背けたくなるような事例がつづくが、多くの場合、共通するのは「家族の問題だから」と我慢をする、もしくは隠そうとする人が、家のなかに最低でもひとりいることではないだろうかと、わたしは考える。
 そうした人物は「自分が判断や決断をしなくて済むのならば何でもする」くらい都合のいい考え方をする。問題を長引かせたり放置するためならばカネを出す(生活費や、要求される金額にも応じる)が、実質的な面倒は誰かに押しつけ、たまらなくなった人間が著者のような会社に相談しても「その会社は、カネがかかるのか」と文句を言う。同じカネをかけるにも、ごまかすほうにならばカネを出すのに、だ。

 事例ののち、現在の社会における仕組みの変化(できるだけ長期入院はさせない)や、とりあえず事件化して警察の介入があってからならば動きやすいとする傾向について、語られていく。やはり、わたしが冒頭で書いたような、イタリアの事例と日本を比較したようなものが一概には「よし」とされるべきでないことにも、読む側は気づかされていく。

 理想論では、人は動けない。動くべきではない。閉じ込めてしまってそれで終わりというのも、人とふれあって少しずつ社会に溶けこんでもらおうというのも、どちらもそれなりの長所短所があるだろう。だが医療費削減に大きな重点が置かれたのであろう現在の方針(できるだけ3か月以内に退院)に、無理があることは事実だ。なんとか多方面からの意見のすりあわせや、ほんとうの「悪化防止、再発防止」のために何がよいのかといった追究は、誰(またはどの機関)が中心になって行われていくものなのかわからないが、ぜひとも、早急になされるべきと期待したい。

 最後に、これが自分には縁がない話と思われる方へ。
 どこにでも、誰にでも、これは起こりうる話だと、ご理解いただきたい。他人事ではない。
 わたしはごく普通の家庭の事例で、本書に掲載の内容と紙一重もしくは一歩手前のようなものを複数知っている。端から見ていると「突き放せば」と簡単に言えるほどひどい事例なのだが、あるときは「みんなに見放されているのだから自分だけでも話を聞いてあげねば」と言い出したり、カネを出すべきでないところで出してしまったり。そうした人に「これこれの件で、役所に相談をしてみれば」と教えてあげても、多大な努力を払ってまで「なぜそうしないか」とわたしに告げようとする。役所に聞いてみるのが10分で終わる内容を、なぜそうしないかをわたしに電話で1時間語っても、わたしの時間は迷惑でないと思っているとわかる出来事が複数回あった。アホらしいのであるとき「こちらの意見はすべて無視して自分の言いたいことだけを言いつづけるような人に、割ける時間はありません」と厳しくすると、少し反省したらしかった。その後については、あまり知らない。聞きたくもない。

 人との関係は、べたべたしすぎても、冷たすぎてもいけない。その境界線があやふやになった人は、少し冷静になる時間が必要である。

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10月 31日 2016

性病の世界史 - ビルギット・アダム 著 / 瀬野文教 訳

 数ヶ月前、書店の平積みになっていたところを偶然に見かけて購入したが、当時に冒頭を読んだのみで、最近まで積ん読してしまっていた。ようやく勢いを出して読み終えた。

 中世ヨーロッパから近代まで猛威をふるっていた梅毒に大きく筆を割いた本書は出版当時30代のドイツ女性作家の手によるもので、近代になりようやく薬が開発されるようになった経緯までを精緻に綴る。だがそこで終わりにするのではなく、終盤では80年代から世界中で大きな社会問題となっているHIVウィルスにも言及。病気の蔓延の陰にあるもの、物事の裏側にある意識は、場所や時代が変わってもつねに変わらないことを簡素な文体であぶり出していく。



 その意識とは、まず、世の中に病気が蔓延することへの当事者意識を持たないこと。病気になった人は自業自得(1)。そして最後に、多少の不道徳があっても予防(コンドーム)や薬などで病気を回避したいという、安易な発想である。

 書き手が女性といっても過度に男社会を糾弾するといった方面には流れず、淡々と経緯を書く文章が読みやすい。

 最後に、この訳書のタイトルだが…世界史ではない。ドイツを中心としたヨーロッパの話であり、最後のほうでエイズの話題にのみアフリカやタイなどが(わずかに)登場する。原題の Die Strafe Der Venus を日本語で紹介するなら「ビーナス(性愛)の罰」である。

===
(1) たとえば、過去も現在も娼婦や性風俗に従事する人は相手を選べないことが大半だが、男性の側だけが消毒や避妊具をつければ大丈夫だろうという(娼婦や性風俗に従事する人は「媒介」をしてしまうことはあっても原因とは限らず、買う側も同じだけの原因および媒介要因でありうるのだが)考え方があり、感染して罰せられるのは受け身(娼婦)側だった。また、女性が不貞を働かずにいれば「男性には病気をうつさない」という妙な理屈により、女性側には予防策として不道徳を戒める教育を徹底し、男性側には好き勝手をさせた。

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09月 20日 2016

アンデルセン物語 食卓に志を運ぶ「パン屋」の誇り - 一志治夫

 紙のメディアは、やはりいいと思うことがある。この本を何気なく購入したのが2年前の10月。それ以来ずっと部屋に積んでいて、表紙もずっと見ていたが、「そういえば読んでいなかったような」と、ページをめくりはじめたところ、1時間半で読み終えてしまった。わくわくする体験だった。



 広島アンデルセン創業者夫婦の数十年にわたる物語であり、終戦間近に外地から日本国内に初めて足を踏み入れた少女(妻の彬子氏)と、外地での終戦で情報将校として追及されたところを患ったなどの理由により運よく帰国ができた青年(夫の俊介氏)が広島で出会い結婚、戦後の食糧難に代用食の団子を売って日々をどうにか生きた時代の話からはじまる。
 身を粉にして働いた日々、そして、立派な自社店舗もなかったが取り扱いの代理店になってくれと近辺の店に頼みこんで知名度を上げていったこと。評判が立ってくると次のことを考え、つねに現状に甘んじなかった。売れるであろう商品ではなく将来ずっと売っていきたい商品を考えつづけた60年代以降の過渡期、そして東京オリンピックから数年後の青山への出店。

 青山一丁目の駅近くに、青山アンデルセンはある。わたしは本書を読むまで、あまり青山と広島に関連性を見いだしていなかった。だが、文中に引用されている青山に長く暮らした作家でありシャンソン歌手戸川昌子さんのエッセイにより、ふと、気づいた。
 広島アンデルセンが最初に立派な本店を構えたのは被災した洋風建築「帝国銀行広島支店」であり本書中に写真が紹介されているが、終戦時の周辺はがれきだらけで、かろうじて建っているのはそれのみだと言える惨状。そして青山もまた、多くの東京人がまったく知らずに歩いているだろうが、大通りの両端に死体がうずたかく積まれたほど激しい戦火に耐えた土地なのだ。東京オリンピックののちとはいえ、青山の中でも人通りが少ない場所が現在の青山アンデルセンの場所だったという。現在は一等地だ。周辺も何もかも開発され、多くの人が歩く。きらびやかでハイソなその都会の雰囲気には、一度は徹底的に壊れた、そこから這い上がったという、広島に通じるものがあるのではないかと思う。
 もっとも、日本の都市部の多くがそうした「徹底的に壊れた」経験を持つものであり、一概に比較されるべきものではないかもしれない。だがわたしは、青山アンデルセンのあの立地に、今後はもう少し深い思いをいだくことになるかもしれないと、漠然と思う。

 2000名以上の社員や、さらに多くのパート従業員などを含む大会社と成長したアンデルセンは、2000年代に俊介氏が死去ののちは持ち株会社に移行となって分割された。
 家族のように、身内のように社員を教育し、会社の理念の共有を図ってきた彬子氏にしてみれば、分社化で理念が揺らぐことや、各店の雰囲気がおかしくならないかと心配に思うこともおありかと思うが、パン文化やパン業界への情報発信を、これからもぜひ、精力的にこなしていただけたらありがたいと思う。

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08月 16日 2016

姉・米原万里 思い出は食欲と共に - 井上ユリ

Author: mikimarche Category: 5. エッセイ

 米原万里さんのエッセイは何冊も読んだ。名作「旅行者の朝食」や、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」は、なかでもよく覚えている。そして語学や通訳という仕事にもあこがれていたわたしは、作家として名をはせる以前の米原氏が通訳として寄稿していた雑誌類などでも、文章を拝見していたと思う。

 亡くなってしまったことが、惜しまれてならない。もっともっと多くのことを見て、食べて、それらを文章にしていただきたかった。



 本書はチェコでの幼少期をともに過ごし、同じことを経験し、帰国後に同じような悩みを乗り越えたいわば精神的な「同志」である妹「井上ユリ」氏の手による、姉と自分、そして家族の話だ。没後もなお変わらずに姉を慕う多くのファンたちへの思いがあふれている。

 著者のユリ氏によれば、知らない土地や初めて接する文化にも好奇心で果敢に突きすすんでいく印象をいだかれがちな姉であったが、実は慣れていないものには臆病で、慎重で、時間をかけて歩んでいくタイプだったらしい。ことに食通として知られる万里氏の印象からは遠かったが、初めての食べ物には慎重だったという。

 幼いころに借家で便器(くみ取り式)の中に3回も落ちては親たちが全身をきれいに洗った話では、おそらく好奇心で便器の中を覗いているうちに落ちたのだろうがなぜ一度で懲りなかったのだろうかと、実妹の軽快な筆遣いには遠慮がない。また食いしん坊の自分をうまくいいくるめてわずかなおやつと引き換えにその週の小遣いを巻き上げた姉の話、いかに姉が自分のエッセイで話を脚色しているか、あるいは記憶違いをしているかなど、ファンには新鮮な暴露話も綴られている。

 晩年と呼ぶには若すぎたが、万里氏が亡くなる以前の数年間に鎌倉でお住まいだった通称「ペレストロイカ御殿」は、どれほど素晴らしかったことだろう。通訳の仕事が急に増えて、英語ほど幅広い通訳人材が望めないロシア語の分野では、万里氏の売れっ子ぶりは類がなく、数年間で鎌倉に家を持つまでの蓄えが溜まったとは、本書にも記載されている。

 本が好きで、書くことが好きで、作家になる夢をいだいてそれを実現させた万里氏が、自分の力で若くして得た家。どれほど思い入れがあり、素晴らしい家であっただろうかと、出かけたこともないその地に、思いをはせている。

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