5月 26日 2018

呼び覚まされる 霊性の震災学 - 東北学院大学 震災の記録プロジェクト 金菱清(ゼミナール)編

 出版当時から気になっていた本を、ようやく読むことができた。
 気になったきっかけは、当時この本に「幽霊」の項目があることが、大きな話題になったためだ。外国の新聞記事にもひときわ大きく幽霊の話が紹介されていたのを覚えている。そして英語で紹介された記事のコメント欄には(それらコメントも英語だが)、きゃーという軽いものやら、読み手のお国柄によっては真剣に興味をいだくものやら、さまざまな反応があった。

 それは日本の紹介記事でも似たり寄ったりだったと思う。わたし個人は幽霊話も嫌いではないが、それよりも民俗学的な面から大きな関心をいだいた。幽霊話は一部であるにせよ全体を構成する大きな柱は、現地の学生らによるフィールドワークだという。この21世紀の現代でさえ、人に語るには繊細すぎるはずの内容(しかも内容はそのつい数年前に発生した大きな出来事にまつわる)が、第三者より採話可能であったことに、驚きを隠せなかった。

 いつか読みたいと思っていたが、今年ちょっとしたきっかけがあり、この本のほかにも、東日本大震災のその後をつづる本を二冊購入した。まずいちばんに読んだのが、本書だった。



 各章をそれぞれの人物が担当している。

 冒頭でまず、編者でもあり第五章を担当する金菱清氏(東北学院大学教授)の指摘が胸に突きささる。日本のメディアは震災のご遺体などを、画面や紙面で見せないという点だ。理由はさまざまにあろうが、その結果として、その地にあった"生"が"死"になったことを見る側や周囲が直視できなくなる。最終的には何人がなくなった、そんなことがあった、いまは現地はこうなっているといった言葉や数字で、表面的なさらりとした記憶を人に植え付けてしまう。

 本書の貴重さは、数字の大きさやセンセーショナルかどうかではなく、現地に当時も取材時も暮らしていた、普通の人々から言葉を掘り起こし、記録している点にある。
 また、遺体や埋葬のご苦労がなかなか外部に伝えられることのない状況で、第六章「672ご遺体の掘り起こし」のような話は、被災地の表面的なご苦労にしか思い至らなかった人間として、我が身を恥じるほどの衝撃があった。ご遺体の身元がわかるまでは保存しておきたくてもドライアイスがない。道路事情や焼却炉の事情で火葬もなかなかできない。だが腐敗は進む。そこで宮城県では仮の場所にご遺体を埋葬して、2年以内を目安に掘り起こして火葬するという方針を打ち出したそうだ。だが墓地でもないところに仮に埋葬された人々は、あまりにも気の毒である。地元の葬儀社がたいへんな労力で、約4か月で掘り起こしと火葬を完了させたとのこと。
 この章だけでも、目が覚める思いがした。自分には、知らないことがまだまだ多すぎると気づいた。

 東北のこの震災にかぎらず、大きな災いのあとには、忘れたい人、忘れたくない人、忘れてはいけないと思う人、死を語ることが難しいならばそこに大勢の生きていた人がいることだけでも伝えたいと思う人々など、さまざまに多くが存在する。思い出としての碑を願う人、祈るための碑を求める人、埋葬する遺骨は流されていたとしても新たなスタートとして墓地の移転を考える人々。それぞれの形がある。本書ではさまざまな視点から各人が取材をし、現地の人々の思いを、さらに多くの人間たちの記憶に残すため、文字という形にしてわかりやすく刻んだ。

 第五章「共感の反作用」は、この中でもとくに、すすめたい。悲しみは、亡くした家族の人数ではない。実際に被災地で避難所にいたかどうかの経験でもない。都会に暮らし、現地の家族の多くが亡くなった人がいる。日々を生きるのがやっとなほど打ちのめされ、何年も立ち直れずにいたという。人それぞれに、目に見えるとはかぎらない苦しみをいだいている。
 つい人は、あなたは揺れを経験していない、津波を近くで見ていない、家族も亡くなっていないという目で、被災者とそれ以外を線引きしてしまうことがあるかと思う。だが、今後は慎重でありたい。

 さて、話題の目玉となっていた第一章「死者たちが通う街」では、石巻に聞かれたタクシーに乗る幽霊の話が紹介される。タクシーに乗ろうとした(もしくは乗った)幽霊は、ほとんどが年少者か若者であったようだ。幽霊というもの全体を肯定するならば、中高年や高齢者の幽霊もまた出ないわけではないだろうが、何かの存在を感じて幽霊だろうかと考えたとき、若者ならばさぞ思い残すことがあっただろうという受け手側の思いにより、若年層を話題にさせやすくするのかもしれない。

 話を聞き、内容をまとめたのが現地で学ぶ学たち(しかもほとんどが震災当時に現地で高校生だった方々)であることから、地元の方々も口を開いてくださったのだろう。これほど繊細な問題で個々人から話を聞け、そして実際の掲載まで話が進むのは、なかなか可能なことではない。
 ひとりでも多くの人の目に、この本がたどり着けるように祈っている。


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